2021年2月、ミャンマーで発生したクーデターで国軍が政権を掌握したことを受け、国際社会問題にも発展しているロヒンギャ族への迫害が、さらに深刻化することへの懸念が高まっている。

ノーベル平和賞受賞者アウンサン・スー・チー氏が国家顧問を務める(*2021年3月1日現在は国軍に身柄を拘束されている)ミャンマーで、一体何が起こっているのか?ロヒンギャ族が「難民」と呼ばれるようになった迫害の歴史、「基本的人権すら与えられていない」という現状、国軍クーデターがロヒンギャ問題に与える影響などを考察する。

■ロヒンギャ族と迫害の歴史

ロヒンギャ族はもともと、主にミャンマー西部のラカイン州に居住する、イスラム系少数民族だった。1982年、同国の市民権法で多数のロヒンギャ族が国籍を剥奪されたことにより、現在は世界最大の無国籍民族の1つとされている。

「ビルマ」として知られていたイギリスの植民地支配下(1824〜1948年)時代、ミャンマーとバングラデシュ、インド間で大規模な移民の流入や流出があった。しかし、ビルマが独立を勝ち取った1945年、政府が「固有の民族」を詳述した連合市民権法を可決したことにより、ロヒンギャ族の運命に暗い影が忍び寄る。政府が承認した135の公式民族グループに、ロヒンギャ族が含まれていなかったのだ。そして1962年の軍事クーデター後、状況は一気に悪化する。「ビルマ族至上主義」を掲げる政府の主導のもと、ロヒンギャ族への迫害の歴史の火蓋が切って落とされた。

ロヒンギャ族は「ロヒンギャ」として市民登録することを禁じられ、ベンガル人(*インドの西ベンガル州とバングラデシュ)として登録するよう強要された。このような迫害から逃れるために、1970年代後半以降、推定100万人近くのロヒンギャ族が、ミャンマーから逃亡したとされている。

直近では2017年8月、武装集団と警察、軍との間で起きた武力衝突で、「ジェノサイド(大量虐殺)の危機」を感じた74万2,000人以上のロヒンギャ族が、バングラデシュに流出した。ラカイン州に残留した推定60万人のロヒンギャ族は、現在も政府の迫害と暴力に耐えながら、移動の自由のないキャンプや村に閉じ込められ、適切な食糧や医療、教育、生活へのアクセスを遮断された環境で暮らしているという。

■行き場を失ったロヒンギャ難民 義務教育すら受けられない子どもたち

しかし、事態の好転に希望を抱いて国外に逃亡したロヒンギャ族を待ちうけていたのは、厳しい現実だった。バングラデシュ政府はこれらの人々を「ミャンマーからの難民」として受け入れているものの、未だに自国民とは認めておらず、過去に数回、ミャンマーへの送還を試みている。

2021年3月現在、コックスバザール地区クトゥパロンにある難民キャンプは、わずか13平方キロメートルの広さだ。そこに60万人以上のロヒンギャ難民が暮らす、世界最大の難民キャンプとなっている。子どもたちは、義務教育を受ける機会すら与えられていない。

バングラデシュ政府のロヒンギャ難民救済および本国送還委員会の担当者曰く、「ロヒンギャ難民はあくまで一時的な滞在者であるため、同国の教育を施す可能性はない」という。「教育は基本的人権だ。なぜ私たちはこの権利が与えられていないのか?私たちは人間ではないのか?」という難民の発言が胸を打つ。

希望を見いだせないロヒンギャ難民の中には、タイやマレーシア、インドネシアなどへ、さらなる逃亡を試みる者も多いが、いずれの国も受け入れを拒絶している。これまで再三にわたり、国連(UN)などの国際組織が解決に向けて介入しているものの、ロヒンギャ族は今も尚、どの国からも国民や市民としての受け入れを拒否されている「行き場を失った一族」である。

■スー・チー氏拘束を巡るロヒンギャ難民の複雑な心境

ミャンマー軍事クーデターを巡る、ミャンマー国民民主連盟(NLD)の党首スー・チー氏の拘束は、このような行き場を失ったロヒンギャ難民に歓喜をもって迎え入れられた。数千人ものロヒンギャが殺害され、大勢のロヒンギャ族が亡命を余儀なくされているにも関わらず、スー・チー氏が一貫して国軍を保護していることが主な理由だ。

2019年に国際刑事裁判所(ICC)の公聴会が設けられた際、同氏は2017年の軍事弾圧について、「ロヒンギャ族のイスラム過激派組織による、国軍への攻撃が引き金」であり、「反政府勢力またはテロリストの地域を鎮圧するために、政府は武力を行使した」と発言した。国際批判の高まりや国際組織の介入については、「(事実が)誇張され、誤解されている」といるとし、公聴中は「ロヒンギャ」という言葉を使用せず、ロヒンギャの権利を否定するミャンマー政府の姿勢を固守した。

ミャンマー民主化運動の際にスー・チー氏を支持したロヒンギャ族が、同氏の言動を裏切り行為と受けとめるのは不思議ではない。バングラデシュのロヒンギャ難民は、「スー・チー氏は我々の最後の希望だったが、彼女は我々の窮状を無視し、ジェノサイドを支持した」「正義の裁きが下された」などと心情を語った。

1991年にノーベル平和賞を受賞した同氏の国際評価は近年、著しく低下しており、2018年にはアムネスティの「良心の大使賞」とカナダの名誉市民号が剥奪された。

■国軍クーデターで生まれたさらなる恐怖

しかし、今回のクーデターにより、現状がさらに悪化することを恐れる難民も多い。AP通信の報道によると、すでにミャンマーとバングラデシュの当局者は2021年1月に会合を設け、6月から難民のミャンマー送還を開始することに合意している。バングラデシュの外務省は「クーデターが難民の帰還を妨げないことを望んでいる」と述べた。

難民の中には、軍の完全支配下にあるミャンマーへ送還されることで、弾圧がさらに増す可能性を恐れ、送還を拒絶するものもいる。コックスバザール地区の難民キャンプでロヒンギャ青年協会の会長を務めるキンマウンは、「ミャンマー軍は我々の同胞を殺害し、我々の姉妹と母親をレイプし、我々の村を燃やした。ミャンマー軍の管理下で、どのようにして我々が安全に暮らせるというのか?」と、懸念を露わにした。

■誰もが安心して暮らせる平和は遠い

ロヒンギャ族が「難民」ではなく、一つの民族としての権利を取り戻すための戦いは、まだまだ続くだろう。国連UNHCR協会のデータによると、2019年に紛争や迫害を逃れ、家を追われた人の数は過去最多の約7,950万人を記録した。そのうち40%が18歳未満の子どもである。無国籍者数は確認されているだけでも、合計約420万人におよぶ。このような痛ましい事実は、「真の世界平和とは何なのか?」という疑問を、先進国で生まれ育った我々に投げかける。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)